説教要旨
  
  7月4日 忍耐して実を結ぶ人たち  金 允道(キムユンド)先生
              ルカ福音書8:9~15     

◇イエス様の「種をまく人」のたとえで、道端、石地、茨の中に落ちた種は育たず、良い土地に落ちた種は「8:百倍の実を結んだ」。たとえを語り終えて主は「8:聞く耳のある者は聞きなさい」と大声で言われた。

◇このたとえを聞いてすぐ理解した者はいなかった。弟子たちも分からないので「9:どんな意味かと尋ねた」。問い直すのは正しかった。聞くたびに信仰は深まり、やがて神のご計画を知り、そのご計画の実現のために自分を捧げるキリスト者になる。群衆は何も尋ねなかった。尋ねた者と、尋ねない者とでは、その後の生きる道筋が変わってくる。

◇「11:種は神の言葉である」。それを蒔くのはイエス様で、土地は聞く人の4通りの反応だ。第1の「12:道端」は無関心な人。だから悪魔が御言葉を容易に「12:奪い去る」。しかしそれでも神は種を蒔き続けてくださる。

◇「13:石地」とは土の中に余計なものがある人。信仰を持っても古い自分を捨てきれない。だから「13:試練」に弱い。試練は日常生活における様々な誘惑である。すべてをご存じのイエス様に従っていきたい。

◇「14:茨の中」とは人生の「思い煩いや冨や快楽」だ。この世の生き方を教会に持ち込んでつまずくことがある。自己中心から、神中心の生き方に変えて下さる神にゆだねたい。最後の「15:良い土地に落ちた」のは「忍耐して実を結ぶ人たち」。御言葉を聞き、忍耐して従順に生きる人は実を結ぶ。

◇韓国で牧師の家庭に育った私は、日本に来て自由を得ると共に、家庭礼拝の習慣を忘れ、信仰が薄らいできた。日曜に教会に行くのもやっとだった。御言葉から離れても平気だと思っていたのだ。父からの電話で、信仰は自分を満足させるものではなく、神に喜ばれるために用いるものだと言われ、これによって自分の高慢さを砕かれた。

◇しばしば御言葉よりも自分の人生を大切にしたい時がある。4つの土地は時々変化するのだ。イエス様は私たちの心が道端から石地に、石地から茨に、そして「良い土地」に変わっていくように、今も御言葉を蒔いてくださっている。「8:聞く耳のある者は聞きなさい」との招きに応えていきたい。(まとめ・大村 栄)

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