説教要旨
    
4月18日 「見ないで信じる幸い」 大村 栄
                 マタイ福音書12:38~42 

◇「38:律法学者とファリサイ派の人々がイエスに、「先生、しるしを見せてください」と言った」。しるしとは、神とキリストを信じるために、彼らが要求する保証や担保のようなものだ。主はこれに対して言われた。「39:よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」。

◇ヨナ(旧約聖書「ヨナ書」の主人公)はニネベに遣わされて裁きを告げると、この都の人々が、ヨナの言葉を信じて悔い改めた。「41:ニネベの人たちは裁きの時、今の時代の者たち(しるしを求める律法学者やファリサイ派の人々)と一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう」。ニネベの人々は信じて悔い改めたのに、彼らはそうしなかったからだ。

◇「42:ソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来た」南の国シェバの女王は、ソロモン王の知恵に驚嘆して、「9:あなたの神、主はたたえられますように」(列王記上10:9)と神を賛美した。「42:(この女王も)裁きの時...、彼らを罪に定めるであろう」と言われる。

◇ニネベの人々に神の言葉を告げた預言者ヨナ、しかし「41:ここにヨナにまさるものがある」。シェバの女王が絶賛するほどに神の知恵を語る王ソロモン、しかし「42:ここに、ソロモンにまさるものがある」。この両者は人が神の言葉を聞くための媒介だった。

◇だがキリストは媒介ではなく、神の言葉そのものだ。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネ1:14)。これを疑い、媒介に頼るなら、「38:神に背いた時代の者たち」と言われる。

◇復活の主はトマスに「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」と言われた(ヨハネ20:29)。どんなに不安な時にも、キリストご自身以上に神の愛と平安を示すしるしはない。「山路こえて独りゆけど、主の手にすがれる身は安けし」(讃美歌466)。

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