説教要旨

11月17日 (召天者記念礼拝)
「永遠の命を得るために」 牧師 大村栄
         ヨハネ福音書6:27~35

◇5つのパンと2匹の魚で5000人を満腹にする奇跡を見た群衆は、それを可能にした主イエスを王にしようと願い、追ってきた。その時に主は「27:朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい」と言われた。「永遠の命」とはいつまでも死なないことではなく、肉体の死が滅びや消滅ではなく、永遠という神の領域につながるものとされることである。

◇辞書で「永遠」の反意語は「一瞬、刹那」などとある。最近の世相を表す言葉として、「今だけ、金だけ、自分だけ」という言葉がある。目先のことしか見ない、自分ファーストの生き方だ。それに対して「永遠のいのち」は、万物の創造主なる神につながって生きる、広くて高くて深い生き方である。

◇「40:わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ること」である。神は私たちが永遠の命を生きることを願って、子なるキリストを世に遣わされた。キリスト教信仰とは、このひとり子イエスと出会い、この方と共に生きることを通して、永遠を望み見て生きる生き方である。知的な学習によって習得するような理論ではない。

◇主イエスが「いつまでもなくならない、永遠の命に至る食べ物」ならば素直にこれを食べよう。そのことを象徴するのが「聖餐」であり、その聖餐への招きに応えて受けるのが「洗礼」である。頭で理解するのでなく、強制されてでもなく、自らの意志でキリストを体に受け入れるのだ。

◇キリストの福音は、あの群衆が求めたような現世利益を与えるものではない。「今だけ、金だけ、自分だけ」の生き方でもない。かと言って観念的で抽象的な精神世界への逃避でもない。

◇主イエスが示される神の「愛と永遠」につながることによって、広くて高くて深い、真の希望と平安を生きることなのである。

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