説教要旨

9月15日
     「高ぶる者とへりくだる者」 牧師 大村 栄
            ルカによる福音書14:7~14

◇宴会で上席に座るべきか末席に座るべきかと悩むことがある。結局、どこに座るかは自分で決めないで、指示されたところに座るのが正しい選択だ。「11:だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」。最もへりくだった方こそ主イエス・キリストにほかならない。

◇フィリピ書2:6-8「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」。このキリストの姿を仰ぎつつ謙遜を学ぶべきである。

◇後半は招く側の人への勧め。呼ばれたらお返しをしてくるような人を招くのは愛の業ではない。「13:むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい」。彼らは当時イスラエルの信仰共同体から排除された人々だった。それを「招きなさい」とは、彼らを信仰共同体に戻すことであり、礼拝に招くことだ。

◇礼拝に招くことこそが最良の愛の業である。詩編23:5「わたしを苦しめる者を前にしても/あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ/わたしの杯を溢れさせてくださる」。この「食卓」がまさに「礼拝」なのである。礼拝は愛に満ちた食卓である。そうでなくてはならない。礼拝に招くことは伝道の目的であり、それは最大の愛の業なのである。

◇伝道は常に拒絶の壁に直面し、私たちは何度も自信を失う。しかし神がキリストの従順を評価して、これを「高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えにな」った(フィリピ2:9)ように、神は私たち一人一人に相応しい席を与えられる。それは上席か末席か知らないけれど、神に置かれたその場所で、謙虚に愛の業に励む者でありたい。

◇「あなたの持ち場」 ジョン・オクセナクー
  あなたの持ち場は小さいか 心してそれを守りなさい 主がそこにあなたを置かれたのだから
  あなたの持ち場は大きいか 心してそれを守りなさい 主がそこにあなたを置かれたのだから
  あなたの持ち場は何であれ それはあなただけのものではない
                          あなたをそこに置かれた方のものである

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