月報より

月報巻頭言  第46号 2021年7月11日

9月からの人事について(7月役員会決議より)   大村 栄

 去る4月25日の教会総会で、私が9月から西東京教区中野教会の牧師に転任することが承認され、後任人事について、東京神学大学の芳賀力学長と、千葉支区長岸憲秀牧師に斡旋を依頼しました。

 5月末に芳賀学長より、松戸教会に籍を置く信徒伝道者の金允道(キム・ユンド)先生の紹介を受けました。先生は韓国出身の36歳、独身。2008年に来日後献身され、6年をかけて東京神学大学大学院を修了。2017年に在日大韓基督教会東京教会の伝道師に就任しましたが、日本人伝道への献身を決意され、2019年に日本基督教団千葉支区の松戸教会に転籍しました。

 しかし教団では信徒籍を置いて3年を経ないと、教師検定試験が受けられません。来年2022年2月の検定試験に合格すれば教団の補教師となり、教会の(主任)担任教師に就任することができます。

 本年6月の習志野教会役員会では、まず大村牧師がこの方と面談し、その上で一度説教に招こうと決定しました。私は6月9日に金先生と面談し、7月4日の礼拝説教を依頼しました。そして当日は、とても元気のよい、また明快な説教をして下さいました。

 その日午後の7月定例役員会で、金先生を9月から信徒伝道者としてお迎えし、来春の教師検定試験合格と准允式を受けた後に、教会総会を開いてこの先生を主任担任教師として招聘する方向を了解しました。その際には就任式も行います。

 ただし信徒である間は代務者が必要ですので、岸支区長の推薦により、八千代台教会の山本信義牧師にお願いすることも役員会で決めました。

 「信徒伝道者の受け入れ」も「代務者の就任」も、どちらも役員会で決めることです。皆さんが選挙で決めた役員方の、祈って決めた決断をぜひ受けとめて下さい。来春に正式な招聘を行う時には改めて、教会総会において皆さんで決議して頂きます。

 大きな節目を迎えようとしている習志野教会に、心より主の導きと祝福を祈ります。

月報巻頭言  第45号 2021年6月13日

 主の「雇い人」として-習志野教会を去るに先立って
                       大村 栄

 去る4月25日(日)の定期教会総会において、私が9月から日本基督教団西東京教区「中野教会」の牧師に転任することを承認して頂きました。
 この教会は中野区上高田1丁目という、JR総武線の東中野駅と中野駅の中間北側にあります。
1923(大正12)年に当時のメソジスト教会が東京の「郊外伝道」の拠点として建てた教会です。同年9月に関東大震災があって、都心から大勢の人々が移住してきて教会は盛んになりました。
 それからもうすぐ100周年になるわけです。戦前に7名、戦後に7名の牧師たちが仕え、私は創立以来で15人目になります。1925年創立の附属「徳育幼稚園」があって私は園長も兼ねます。
 中野教会は2009年と2014年に無牧(牧師不在)となり、当時西東京教区の議長や常置委員をしていた私が、その2度とも代務者としてお手伝いをしました。2度目の時にお招きした牧師先生が、高齢を理由に辞任を表明された時、同教会役員会は私に招聘を打診してこられました。
 しかし私は、習志野教会での責任をもっと果たしてから、とお断りをしたのですが、高齢の先生も忍耐して待っておられるとのことで、ついに年度途中での移動を決意するに至ったのです。
 主イエスは言われました。「わたしは良い羊飼いである。...羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。...彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである」(ヨハネ福音書10:11~13)。
 私がここを去るのは、教会の皆さんを「置き去りにして逃げる」のではないし、皆さんのことを「心にかけていないから」でもありません。
 主イエスがペトロに言われた言葉「わたしの羊を飼いなさい」(ヨハネ21:17)は、牧師に教会の牧会を託す言葉と受けとめて、責任を持って習志野教会に仕えてきたつもりです。
 しかし習志野教会という羊の群れは、「わたしは良い羊飼い」と言われる主イエスがオーナー(持ち主)であり、牧師は「雇い人」に過ぎません。柴田家が土地を寄贈して牧師を務められましたが、柴田先生も習志野教会の持ち主ではなく「雇い人」です。
 私の父も戦後、高田馬場に私財を投じてシロアム教会を建て、開拓伝道をしましたが、父も、やはり主の教会の「雇い人」であり、父の隠退後は他の牧師方が代々責任を持って牧会しておられます。
 このように、牧師たちは真の羊飼いに雇われて群れを牧しますが、時々、移動を命じられることがあります。
それは「わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない」(ヨハネ10:16)からです。
 「こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる(同)。最後はそのように、各個教会の枠を超えて、「主の教会はただひとつ」(讃美歌21-409)という事態が実現するのを期待したいと思います。
 神学者エミール・ブルンナーは、「羊を産むのは羊であって、羊飼いではない」と言いました。信徒を生み出すのは信徒であり、牧師(羊飼い)はそれを助けるだけだということです。
 牧師は遣わされた期間、精一杯伝道し、羊のお世話(牧会)もしますが、新たな群れを生み出す力は信徒の皆さんに期待されているのではないでしょうか。

 2017年5月以来、8月で4年4ヶ月になる間、皆さまに頂いたお支えを感謝し、ここで用いて下さった主に心から感謝すると共に、習志野教会の将来に大いに期待を寄せさせて頂きます。


月報巻頭言  第44号 2021年5月9日(母の日)

  教会はキリストの体-教会総会をふり返って   大村 栄

 4月25日(日)の午後に定期教会総会を行い、昨年度の事業報告と会計決算、今年度の事業計画と予算と共に、8月末の大村牧師辞任と、後任牧師の招聘を役員会が進める件が承認されました。
 今年度は牧師交代という大きな課題に直面することとなりました。このような時こそ、私たちは改めて教会の基本を確認し、歩みを整えていかなければなりません。
 総会の日の午前の礼拝で、コリントの信徒への手紙一12:12~27を与えられ、「教会はキリストの体」と題する説教を語りました。「27:あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です」。キリストを頭(かしら)とする胴体や手足などの部分が私たちです。それらがひとつとなって教会を形づくります。 
 「18:神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです」。その神の配置に従って、お互いに尊重し、協力し合って、神に喜ばれる教会を形成していくのです。
 そのためには主の日ごとの<礼拝>を何よりの基本にしたいです。コロナで礼拝に出席できない日が多くありました。今後もどうなるか不明です。しかし、YouTubeの配信を使うなどの工夫をして、礼拝を生活の中心に据えましょう。礼拝は教会が向かっていく方向を正しく示すものです。
 そして私たちはその方向に向かって、共に歩む「キリストの体」です。お互いの部分を尊び合い、協力するためにも、信仰による<交わり>が必要です。「神の家族」の温かさを持ちたいものです。
 そして「一つ一つの部分」である私たちには、それぞれの<奉仕>が期待されています。それらの奉仕を有効に生かすために、「教会の組織作り」が必要だろうと総会でも発言がありました。
 しかし、パウロはそれらの奉仕が生かされるために何よりも大切なものを教えています。それは「31:わたしはあなたがたに最高の道を教えます」と言って13章で語る「愛の賛歌」です。
 「1:たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。2:たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい」。
 <礼拝(伝道)>と<交わり>と<奉仕>の3つが古来、教会の三大要素とされてきました。でもそれらがバラバラでは「キリストの体」は完成しません。教会に連なる皆さんがお互いを愛し、教会を愛する「愛がなければ、無に等しい」のです。 牧師の交替という今年度の緊急事態に直面した今こそ、「神を父とするものにとって、教会は母である」(J・カルヴァン)と言われる「母なる教会」への愛と、またお互いを同じ体の部分同士として受け入れ合う愛の姿勢を持って、この特別な年度を歩んでいきたいものです。
 そのために、神の助けと導きがあることを信じ、祈りつつ。

月報巻頭言  第43号 2021年4月11日 

  2020年度の回顧と新年度の展望
            (教会総会資料より) 大村 栄

 私は2017年5月に柴田福嗣人先生の後任として習志野教会の牧師に就任以来、4年を終えて、これから5年目に入ります。
 4年目の2020年度は新型コロナウイルスに明け暮れする一年でした。2020年2月26日に日本基督教団は議長名で通達「新型コロナウイルス感染症に伴う注意喚起について」を発信しました。それに伴って当分の間、礼拝後の昼食会を中止し、礼拝中のマスク着用、窓開けによる換気、受付での手指・靴底の消毒を実施し、礼拝後の讃美歌練習は中止しました。
 4月12日(イースター)以降は礼拝出席の自粛を促し、子供メッセージと交読詩編を省略、聖餐式を中止しました。2019年から皆さんに時々発信していた牧師からの一斉メールを、この頃からは礼拝欠席者のために、説教要旨や報告を記す「習志野教会だより」として配信しました。
 4月26日(日)の予定だった教会総会は延期し、6月28日(日)に開催しました。15名が出席、20名が議決権行使書提出により参加しました。役員選挙も投票用紙の郵送で行いました。5月3日の旧年度の役員による役員会は、在宅のまま、ラインのグループ通話で行いました。
 12月20日(日)のクリスマス礼拝で、3月1日以来の聖餐式を行いましたが、パンに手で触れない工夫をし、ブドウ液は使い捨てのプラスチックに入れました。この頃には通常の礼拝も讃美歌を2曲に減らし、使徒信条も省略して、礼拝を1時間で終わるようにしました。
 礼拝出席を自粛する方はさらに増え、政府の第一次緊急事態宣言(4/7~5/31)の時は出席者が10名前後まで減り、第二次宣言(1/7~3/7)の際は一けたの出席も3回ありました。しかし少しずつ持ち直し、今月4月4日のイースターには23名が出席しました。コロナの収束の見通しは立ちませんが、十字架と復活の主によって忍耐と希望を与えられ、この事態に向かっていきたいと思います。
 1月末からはインターネットのYouTubeにより、礼拝のライブ配信ができるようになり、礼拝を欠席する方も、パソコンやスマホで参加することが出来るようになりました。この実現のためにクリスマスに転入されたY兄姉ご夫妻のご奉仕を頂き、深く感謝です。昨年度の初めに3名の方々が大阪と福岡に転居されて痛手でしたが、入れ替わりにこのご夫妻が転入されたことも感謝でした。
 11月12日(木)の午後にラザロ霊園で、当教会初代牧師の柴田繁馬牧師と松子牧師(福嗣人牧師のご両親)の納骨式(若葉区平和公園からの改葬)を行いました。ご親族を始め9名が参列しました。墓地は私たちにとって、復活と天国を思う場です。
    冬について思わず 春について思う
    夜について思わず 朝について思う
    死について思わず 生について思う
    墓について思わず 復活について思う    内村鑑三

 習志野教会の今後にも復活を思い、明日を思う希望をもって歩んでまいりましょう。

月報巻頭言  第42号 2021年3月14日

   「見えないものへの恐れ」
 放射能汚染とコロナウイルス感染ー正しいディスタンスを      大村 栄

 10年前の東日本大震災による福島第一原発の事故で、広範囲に放射能の汚染が起こりました。かつて日本基督教団とNCC(日本キリスト教協議会)は福島県内に数カ所、放射能の汚染状況を調べる「線量計」を設置する費用を支援しました。その地域の方々は、日常の食料品などの線量を知るために持ち込みました。自分の母乳が安全か調べてほしいと持ち込んだお母さんもいました。
 空気中を漂い、樹木や土壌、建物の屋根や壁にも付着している放射能への不安や恐れは大きいものでした。恐くて子供を公園で遊ばせられないと悩む親たちがいました。放射能が検知される土地を一時的でも離れることが、健康の回復に有効だと分かり、子供たちのための「短期保養プログラム」を、日本基督教団では「こひつじキャンプ」と名付けて行い、ほかの各種団体もそれぞれ各地で行いました。
 当時放射能汚染に関する「風評被害」というものがあって、福島の米や桃などが売れなくなり、ほかの県に転居した子供たちが、転校先の学校で「放射能がうつる」といじめられたりもしました。本当に重い出来事が続きました。
 現在のコロナウイルスの感染には、あの時ほどの「風評被害」やいじめはないことを期待します。コロナは放射能と同様に、目に見えない危険物質ですが、マスクや消毒で防ぐことが出来るし、3密を避ければ有効だともされています。PCR検査確認も出来、ワクチンの投与も初まっています。
 しかし感染者数の劇的な現象は見られず、政府の緊急事態宣言は2週間延長されました。
 「見えないもの」を恐れる時、とかく人は、近くの「見えるもの」に不安や敵意、拒絶反応を感じるようになります。ソーシャルディスタンス(社会的距離)、最近はフィジカルディスタンス(身体的距離)と言い換えているようですが、それは人との距離を遠ざけて感染を防ぎ、安全を保つために必要です。
 しかしそれとは別に、人と人とのメンタルディスタンス(精神的距離)まで遠ざけるようになると、あの10年前のいじめや風評被害がまた起こるような気がしてしまいます。
 「見えないものへの恐れ」は、「見えない神への信頼」を忘れた時に過剰に深まるのです。「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか」(マタイ6:26)。
 神への信頼、すなわち神との距離を遠ざけないことで、隣人との距離を社会的にも精神的にも、適切に維持できるのだろうと思います。
 下の図で、円の中心である「神」との距離が遠ざかるほど、円周上にある「私」と「隣人・社会」との距離は離れていってしまいます。
 一人一人を「価値あるもの」として下さる神の愛を身近に感じつつ、「見えないものへの恐れ」に正しく立ち向かっていきたいと思います。
  

月報巻頭言  第41号 2021年2月21日

 「コロナ禍の教会と礼拝」
 (千葉内房分区諸教会の実情と共に)   大村 栄

新型コロナウイルスの感染に対する、「緊急事態宣言」が発令されてから、私たちの生活は一変しました。「3密を避ける」ことが求められ、外出を自粛し、会合やイベントは中止されました。こうした状況の中で、教会はクラスター(集団感染)とならないよう換気や消毒などにつとめましたが、自粛して欠席する方も出てきました。
 習志野教会では「第1次緊急事態宣言」の4~5月には出席自粛を奨励して、礼拝は10~15名くらいが続きました。(2019年度の礼拝平均出席は21名)。宣言が解除された後は20名台に戻り、クリスマス礼拝では昨年の3月1日以来、久しぶりに聖餐式を持つことが出来ました。
 しかしその後感染はさらに拡大し、今年の1月8日に「第2次非常事態宣言」が発令され、2月7日までの期限が一ヶ月延長されています。今回の礼拝出席は前回以上に減少し、1月下旬には下の表(別記)のように一桁の出席者数になりました。
 礼拝は縮小して継続していますが、欠席する方々のために、1月31日(日)から礼拝の動画をユーチューブで配信できるようにしました(写真右上)。教会に来なくても、パソコンやスマホで礼拝をライブで体験出来るようになりました。
 ほかの教会ではどうしているでしょうか。千葉内房分区(分区長大村)では、コロナ禍での礼拝についてアンケート調査をしました。千葉支区の広報誌「しののめ」の「分区報告」に投稿するためです。
 活動を休止している3教会を除いて17教会中16教会(伝道所を含む)から応答がありました。注意しながらも通常通り礼拝を行っている教会が7箇所、縮小して行っている教会が7箇所(習志野もその一つです)、出席者の人数を制限して行っている教会が2箇所でした。この2教会はコロナ以前の礼拝が100名以上の大教会です。
 礼拝欠席者への配慮として、ユーチューブで礼拝をライブ配信している教会が5箇所、ZOOMで配信が2箇所、その他、フェイスブックやメールを活用している教会は多くあります。
 祈祷会を中止または回数を減らしたり、狭い祈祷室に集まらずに礼拝堂で自由に祈るように変えた教会もあります。また家庭集会も中止したり、礼拝後の昼食会やティータームが持てないなど、教会での交わりが充分に持てないことが寂しいという声が少なくありません。
 牧師たちも、高齢者への訪問聖餐・病床聖餐など、普段行っている牧会(信仰的な魂のケア)や伝道が出来ないというジレンマがあります。牧師たちも信徒と共に祈る交わりを持ち難くなったことは残念なのです。教会の礼拝について工夫をすると共に、メールや郵便や電話などによる牧会を維持しようと努力しています。
 「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」(詩編133:1)という礼拝と交わりが早く回復できますように。

月報巻頭言  第40号 2021年1月10日

 「信仰の決断」  大村 栄  ヨハネ福音書1:1~14
             (12月24日 クリスマス・イブ礼拝にて)

 ヨハネ福音書はクリスマスの美しい物語を描きませんが、その出来事の意味が記されています。ヨハネは主イエスのことを「言」と言い、「光」と言います。「9:その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」。そして「5:光は暗闇の中で輝いている。(しかし)暗闇は光を理解しなかった」。それほどに世の「暗闇」は深いのでしょうか。
 人生を決定する要因は4つあると言われます。第1は持って生まれた「素質」。第2は「環境」。第3は「出来事」。それは人生に起こる思いがけないアクシデントです。病気や事故だけではなく、予想できない出会いや別れもあるでしょう。
 これらの3つは、人生を左右する決定的な要因ですが、自分で選んだり、変えたりはできません。しかし、人生はそれだけでは決まらないのです。人生を最終的に決める第4の要因は「決断」です。
 クリスマス物語の登場人物の多くは、天使の受胎告知に「お言葉通りこの身になりますように」と献身したマリアを始め、神の言葉を信じる決断をした者たちです。羊飼いや博士たちもそうです。
 これらの出来事を、おとぎ話だと思ってしまえばそれまでですが、これらは人間の知性を超えたところでなされる「決断の物語」です。信仰とは、そういう主体的な決断を伴う事柄なのです。
 2020年前の今宵生まれたもうた神の子イエス・キリストは、神の愛のしるしだったと信じる決断を深めて、「暗闇に光を」見出す信仰を新たに生きましょう。新年に希望をもって進みましょう。

月報巻頭言  第39号 2020年12月13日 

「パレスチナ問題とクリスマス」
大村 栄

ルカによる福音書2章1~7節 1:そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。2:これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。3:人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。4:ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。5:身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。6:ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、7:初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

 ローマ帝国の初代皇帝「1:アウグストゥス」(在位BC27~AD14)の勅令による「2:最初の住民登録」が行われたということは、ユダヤがローマの植民地となったことを示しています。「2:キリニウス」以来、代々ローマから総督が派遣され、この地を統治しました。最も有名な総督はイエス・キリストの処刑命令を下したポンテオ・ピラトです。
 駐在ローマ総督は徐々に権力を強化し、ユダヤ人を政治的・宗教的に抑圧しました。そしてこれに対して「ユダヤ戦争」(紀元66~70年)と呼ばれる大規模な反乱が起こりますが、ローマ皇帝ネロが軍隊を派遣してこれを徹底的に鎮圧しました。
 第二次ユダヤ戦争も起こりましたがさらに弾圧され、ついにユダヤ人は祖国から追放されます。こうしてユダヤ人の民族国家は地上から消滅し、世界各地に散らばっていったのです。
 以後ユダヤ人は各地で独自の宗教と文化による共同体を作ってきましたが、勤勉さによる経済力の豊かさなどが妬まれ、各地で迫害を受けました。ナチス・ドイツによる大量虐殺が有名ですが、それ以前にもユダヤ人への迫害が多くありました。
 そういう苦難の中で、ユダヤ人はいつか自分たちの国を故郷に再建したいと願いました。それがエルサレム郊外のシオンの丘に帰ろうという「シオニズム」です。20世紀初頭にその運動は起こり、1948年にイスラエル共和国が建国されたのです。
 しかしユダヤ人が国を失ってから再建するまでの何百年もの間、そこにはイスラム系のパレスチナ人が住み着き、彼らの故郷となっていました。これを追放しての強引な建国だったため紛争が生じ、4回もの「中東戦争」では多くの犠牲者を出し、対立が深まりました。これが今も続く「パレスチナ問題」であり、2001年9月11日、米国での「同時多発テロ」を引き起こした原因ともなったのです。
 この長くて重い「パレスチナ問題」の原点は、あの「1:皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た」。あの時に始まったユダヤへの圧力と、それに対する抵抗から始まったのです。この問題は当事者だけでなく、広くは人類全体の罪の現れだと言わざるを得ません。
 パレスチナ問題を始め、様々な重荷を担うこの世界です。今年は新型コロナウイルスに悩まされ、地球温暖化による気候変動の問題や、米中・日韓の国際的緊張など、様々な憂いがあります。
 しかし神は、問題の発端である2020年前の「2:最初の住民登録」の最中に、み子をベツレヘムの馬小屋の飼い葉桶の中に置かれました。神は私たち人類に重い課題を課せられると共に、その解決の道を与え、「これを見よ、ここに救いがある」と示しておられます。
 コロナ禍の今年こそ、み子のご降誕の出来事をしっかりと見つめて、受けとめるクリスマスでありたいものです。

月報巻頭言  第38号 2020年11月15日

「天国への門」 大村 栄
 (納骨式における式辞より)

 先週11月12日(木)の午後に、秋の日差しの中で柴田繁馬先生・松子先生ご夫妻の納骨(改葬)式をラザロ霊園の教会墓地にて執り行いました。
 繁馬先生は1982年5月22日に84歳で召天、松子先生はその2年前の1980年4月2日に77歳で召されて、若葉区の千葉市立平和公園に柴田家が用意された墓地に埋葬されました。
 その後2010年に習志野教会は墓地を建てましたが、このほど初めて、ここに初代牧師であるお二人の納骨を出来たことは喜ばしいことです。
 古来、忌まわしいものとされてた墓の概念は、イエス・キリストによって大きく変わりました。
 キリストは十字架で死んで墓に葬られましたが、3日目にそこから復活し、40日後に弟子たちに、「あなた方のために天国に住まいを用意しに行く」(ヨハネ14:2)と言って昇天されました。それ以来、墓は人生の終点ではなく、ここから天国へのぼる道の入り口となったのです。
 習志野教会の墓地は、墓石に「幸いなるかな、心の貧しき者 天国はその人のもの也」(マタイ五-三)と刻まれています。「その人」とは人生の様々な貧しさ、重荷を抱えたままで亡くなるような、通常は「幸い」とは言い難い人のことでもあります。
 誰でも生涯の終わりには満足して死にたい、心貧しいままで終わりたくはないと思うでしょう。
 しかしたとえ地上では、最後まで苦しいことや悲しいことがあったとしても、それでも「幸いなるかな」と言いうるのだと聖書は告げます。
 なぜなら人の総合評価は、地上での生涯の終わりになされるのではなく、その先に神によって最終的な評価がなされる時があるからです。そこでの評価の基準は、目に見える功績や資産などではありません。神の愛と慈しみを心に受け入れた人々が、永遠の「幸い」を得ることが出来るのです。
 教会の墓石には自然石が用いられ、上記の文字を刻むほかは、切ったり磨いたりしていません。旧約聖書では神を礼拝する祭壇の石には、のみを当ててはならないと定められています。石の加工は偶像を造ることに通じるからです。
 創世記28章ではヤコブが夢の中で神と出会い、「ここは天の門だ」と言います。そして「枕にしていた石を取り、それを記念碑として立て」ます。それは荒れ野で拾った、何も刻んだり削ったりしていない、枕にするような丸い自然のままの石です。そして彼はその場所を、神との出会いを記念して「ベテル(神の家)」と名付けました。
 讃美歌21ー434番の4節、「目覚めてのち、ベテルの石を立てて捧ぐる祈りこそは、主よ、みもとに近づかん」。この墓石は、神との出会いを記念する石であり祭壇です。そしてこの墓地は、ここから主のみもと、すなわち主イエスが用意して下さった天国に昇る門であり、神の家の入り口なのです。

月報巻頭言  第37号 2020年10月11日

 ヨブ記のハッピーエンドは余計か?」 大村 栄

 旧約聖書の「ヨブ記」では、信仰深くて裕福な主人公ヨブは苦難に襲われ、家族を失い、財産を失い、健康も失いました。友人たちは因果応報論で彼を諭しますが、ヨブは納得しません。神に直接「なぜですか」と問いを叩きつけるのです。
 38章でついに応えがあります。「主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて/神の経綸を暗くするとは」(38:1-2)。おまえに真理を知る知識などない。世界の神秘をすべて理解するなど、人間には到底出来ることではないのだと神は説きます。
 41章まで続く神の言葉に圧倒されて、最後の42章でヨブは神に降参します。神の偉大なる支配の中で、人間が理解しうることなど、大海の一滴に過ぎないと知らされて、ヨブは神の支配に全面的に服従すると告白します。
 ところがその先、一番最後の42章7~17節にヨブが繁栄を回復するという記事があります。財産は失う前の2倍に増やされ、家族も新たに大勢与えられ、140才までの長寿に恵まれて安らかに死んだとあるのです。
 正宗白鳥という、大正から昭和に活躍した文学者は植村正久から洗礼を受けたキリスト者ですが、一時キリスト教から離れたようで、その原因は、この巻末のヨブの繁栄の回復という、聖書にしては現世的な記事への失望だったと言われます。
 確かにこのハッピーエンドがなければ、ヨブ記の信仰的な価値はもっと高まったと言えるかも知れません。津田治子という、ハンセン病の歌人(1912-63、カトリック信徒)は、「現身(うつせみ)にヨブの終わりの倖(しあわせ)はあらずともよししぬびてゆかな」と心打たれる歌を詠みました。

 ヨブ記は紀元前3~5世紀の亡国の時代に書かれたようですが、その頃にそんなハッピーエンドを描いたことについて浅野順一氏は、これはユダヤ人の「強固にして執拗な現世主義」の表れだと言います(岩波新書『ヨブ記』)。
 国を失って2000年、ユダヤ人は祖国を再興する夢と希望を失いませんでした。他の世界帝国はローマを始め、バビロニア、ペルシャ、ギリシャなどみんな世界史の彼方に消えていったのに、ユダヤ人は執拗なほどに、地上での運命の回復と祖国の再建を念じ続け、そして遂に実現したのです。
 近代以降ではロシアや東欧におけるポグロム、ナチスによるホロコースト、それらユダヤ人への集団虐殺も、この民族の希望を消し去ることは出来ませんでした。神は私たちのために、たとえ何千年かかっても、必ず目に見える形で救いを実現して下さる。ユダヤ人にはそういう並外れた忍耐力としての信仰があったのでしょう。
 私たちの信仰はどうでしょう。神を信じ、「みこころのままに」とゆだねて祈る私たちですが、必ず現実に叶えられるとの信念を、どれほどもって祈っているでしょうか。考えさせられます。

月報巻頭言
  第36号 2020年9月13日

 童画「森の教会」 大村 栄

 私が主任牧師として最初の任地山梨県山梨市の日下部教会に遣わされたのは、1986~96年の10年間でしたが、そこで、童画作家でイラストレーターの杉田幸子さんという方に出会いました。
 東京の品川教会員でしたが、アトリエを兼ねたご自宅を市内の丘の上に建て、品川に行かれない日曜日には時々日下部教会の礼拝にいらっしゃいました。ぶどう畑に接したご自宅に伺って、親しくお話しをしたこともありました。
 聖書を題材にした作品(水彩画・版画)が多く、聖書の絵本や教会学校教案誌の表紙、クリスマスカードや多くのグリーティングカードなど出版されましたが、残念ながら2012年1月に67歳で脳出血のため逝去されたと聞きました。
 品川教会には、2017年に習志野教会から転会された市川純子さんがおられます。以前電話で杉田さんのことをお話ししましたら、それを幸子さんのご主人で同教会員の杉田博さんに伝えて下さいました。
 博さんは幸子さんの作品をホームページに載せて、「アトリエ銀穂」の名でネット販売しておられます。それを知って拝見しましたら、1枚のカードが目に飛び込んできました。それが上の「森の教会」と題するハガキ大の版画です。早速ネットで注文し、届いたところで改めて杉田博さんにお手紙しました。
 背後に深い森があり、三角屋根の十字架と赤い屋根、周囲にソテツがあることも、私が仕える習志野教会にそっくりなのですと言うと、彼は習志野教会のホームページを見て、「本当によく似てますね」と驚き、喜んでいるとのお手紙を下さいました。
 幸子さんは私がここへ来る5年前に召されていますし、決してこの教会を見たはずはないのですが、「森の教会」というタイトルも併せて、彼女がここを見にいらした事があるかのようで、不思議な気がします。
 カードに添えられた聖句は、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ福音書11:28)。聖句が先か絵が先か分かりませんが、杉田幸子さんにとって、教会と言えばこの聖句だったのでしょう。人生の重荷を放り出すのではありません。それを負ったまま教会へ行くなら、それを共に負って下さる主イエスにお会いして重荷は軽くなり、担いうるものになるのです。
 そんな主との出会いが起こる「森の教会」でありたいと思います。

月報巻頭言 第35号 2020年8月9日

 「神の平和」 詩編127:1~2 大村 栄
   (平和聖日のための子供メッセージ)

 「八月や六日九日十五日」という俳句があります。1945(昭和20)年の8月6日に広島に、9日に長崎に原爆が投下され、何十万人という大勢の人が亡くなりました。その他たくさんの被害状況を見て15日に日本は戦争の敗北を宣言しました。
 2度と繰り返してはいけない歴史です。世界には戦争をしている国や、いつでも戦争できる準備をしてる国はたくさんあります。お隣の韓国やアメリカなどにはクリスチャンも大勢いるけれど、国を守るために戦争が必要だと言うのです。
   
1:主御自身が建ててくださるのでなければ 家を建てる人の労苦はむなしい。
   主御自身が守ってくださるのでなければ 町を守る人が目覚めているのもむなしい。

 家を建てるのも、町を守るのも、国を守るのも、最後は神さまです。自分たちで守らなきゃ大変と思うと、やがて戦争の準備をすることになります。
   2:朝早く起き、夜おそく休み 焦慮(しようりよ)してパンを食べる人よ
   それは、むなしいことではないか 主は愛する者に眠りをお与えになるのだから。

 焦る心を静め、働く手を止め、戦いの準備をやめて、むしろ「眠りなさい」と言われます。眠っているあいだは人間の時間ではなく、神様の時間。そのときに神様が最善に働いて下さるのです。
 この夏、各地で豪雨の被害があり、被災地では皆さんが汗を流して復旧のための作業をしておられることでしょう。猛暑の中では10分働いたら5分休んで水を飲むのが必要と言われます。
 休むのは眠ることと似ています。神様に信頼し、それによって自分の気力を回復する時なのです。
 この世界を造り、ひとり子を下さるほどに世界を愛される神様は、この世界が平和であることを望んでおられるに違いありません。「主が家を建てて下さる」、「主が町を守って下さる」、「主が平和を実現して下さる」。そういう絶対の信頼と信仰を持ち続けたいと思います。

月報巻頭言  第34号   2020年7月12日

 「神の家族のディスタンス」 大村 栄
       エフェソの信徒への手紙2:11~22 (7月5日の説教より)

 エルサレムの神殿には、異邦人が超えてはならない壁がありました。その先も幾重にも壁があって一番奥の「聖域」を一般の人から遠ざけていました。今も各所に人と人とを隔て、神と人とを遠ざける壁があります。パウロは異教の町エフェソに住む異邦人キリスト者の群に呼び掛けます。
 「13:しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです」。まず人と人との距離(ディスタンス)が近くなりました。敵対する者同士も和解させられました。「14:実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し...」。和解のために主イエスが十字架で「肉」を裂かれたのです。
 これを一人の神を父と仰ぐ、「19:神の家族」の交わりとも言っています。
 本来家族でない者を家族として迎えるのは容易ではありません。私は戦後に盲人牧師だった父が東京の高田馬場に開拓したシロアム教会で生まれ育ちました。オリンピック景気で湧いた1960年代には、仕事にあぶれた人々がしばしば教会へ物乞いにやって来ました。父は時には彼らを、私たち家族と同じ食卓に迎えることもありました。それは子供心に、とても嫌な体験でした。
 他人を家族同様に迎える抵抗は、神様にとっても痛みを伴うことだったのではないでしょうか。その痛みの究極がキリストの十字架です。その痛ましい十字架の執り成しによって、罪人である私たちが「神の家族」に迎えられたのです。
 十字架は人と人との距離だけでなく、神と人との距離も近くさせました。「16:十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」。神との和解ができてこそ、人との距離が近いものになるのです。
 十字架で苦しまれた末に、「イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」(マルコ15:37-38)。この垂れ幕は、エルサレム神殿の一番奥にある、大祭司だけが入れる「聖所」を仕切る「隔ての壁」、すなわち神と人とを遠ざける壁でした。十字架の死によって、これが真っ二つに裂けたのです。
 コロナウイルス感染予防のため、スーパーのレジなどには透明なシールドを貼って隔てています。また衛生上人と人とのソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を少し遠ざけるのが必要とされます。
 それらは教会でも注意し、慎重に対処しますが、しかし私たちは何よりも、キリストの十字架によって「隔ての壁」(シールド)が取り壊され、神と人との縦の距離(ディスタンス)、人と人との横の距離が近くされたことを覚えたいと思います。
 コロナのために今日は第一週ですが聖餐式を行いません。でも聖餐卓はいつもここにあります。ここはキリストの十字架を偲ぶ場所であるとと共に、それによって私が子供の頃に経験したような「招かれざる客」も招かれる食卓なのです。私たち自身が招かれていることを感謝しましょう。