今週の説教

説教要旨
    8月1日 「十字架による和解 大村 栄 
     平和聖日     
ローマ書5:6~11

◇パウロはローマ書3章で、人類の完全な平和を実現することは不可能であることと、その理由を語る。それは人類が「17:平和の道を知らない」ということであり、その原因は、「18:神への畏れがない」からだと言う。

◇神を畏れずに余計なものを恐れ、神を無視しているから、人の心には不安が満ち、平和がこないで、戦いが繰り返される。この状態を脱して、神との和解が成立しない限り、人類に本当の平和は実現しない。

◇その和解は、人間が努力して到達できるものではない。ただ神が手を伸べて下さることによってのみ実現する。「6:実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった」。キリストを下さったのは、神の主体的決断であり、人間には何の条件も要求されない。大地に降る雨のように、神の愛は平等である。

◇「8:わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました」。不信仰で、何の資格もないこの世界の中で、神はみ子の十字架の出来事を通して、「わたしたちに対する愛を示」して下さった。「平和の道」の出発点は、このキリストの十字架の愛を受けとめ、それを目指して歩み出すところにある。

◇この十字架の愛による神との和解が、平和への道を示す方向づけ、オリエンテーションである。オリエントとは「日の出る地」の意味。ヨーロッパから見て日の出る東方には、主イエスが生きて十字架に死んだイスラエルがある。そこに方向を定めるのが、本来の「オリエンテーション」だ。教会は正面の聖壇を東に向けて建てられる。ヨーロッパで旅をしていて方角が分からなくなったら教会を探せと言われるほどだ。人生の旅に迷う人に、教会が十字架の愛によって、正しい道を指し示すものでありたい。

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