今週の説教

説教要旨
    4月11日 「エマオへの道ー敗者復活の希望」 大村 栄
              ルカ福音書24:13~35

◇ある日曜日の午後、二人の弟子がエルサレムからエマオの村に向かって歩いていた。彼らには復活が信じられない。主の死を悲しみつつ、エマオへの道を日没に向かって歩いていた。

◇すると「15:イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。16:しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった」。尋ねられて、二人は主イエスの十字架の失望を語った。

◇かつて主イエスは、弟ラザロの死を悲観する姉たちに言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」(ヨハネ11:25-26)。復活を信じる者は肉体の死を「死んでも」、神の愛の中で永遠の命を「生きる」のだ。

◇「28:一行は目指す村に近づいた」。弟子たちは「28:なおも先へ行こうとされる」旅の同行者に、「29:一緒にお泊まりください」と言って宿を共にした。讃美歌218「日暮れてやみはせまり、わが行く手なお遠し。助けなき身の頼る、主よ、共に宿りませ」

◇「30:一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった」。この仕草を見て彼らはあの5000人の給食の出来事などを思い出した。「31:すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった」。彼らはこの食卓でキリストの復活と神の勝利を確信した。

◇そして「33:時を移さず出発して、エルサレムに戻った」。危険が待つ都に戻る。復活の主との出会いは、現実からの逃避ではなく、立ち向かう勇気を与える。私たちもそれぞれの人生の課題が待つエルサレムへと遣わされる。習志野教会の新年度の歩みにも、復活の主が共にいて下さる。それを信じて希望と勇気を得たい。

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